ドラクエアベック

オヤジさん、焼酎とホッピーおかわり。焼酎、多めにおねがい。あと、つくねとレバー焼いてよ。会社帰りに汚い焼鳥屋に寄りまして、仕事の恨み辛みなどを酒とともに流し込んでおりました。しかし、俺もすっかり社会に飲まれたものだ。こんなところでひとりこうして酒を飲んでいる。嫌になっちまう。結局、俺はなりたい俺になれなかったってわけだ。まったく、人生が儚く思えてしまうよ。などと悟りきったように考えていたところ、それは聞こえてきました。
「ねえ、アリーナはクリフトのこと好きなんだと思うよ。」
なんだと?今、なんと言った?声のする方を向くと、カウンター隣に座るアベックが見えました。「なんだよ、急に。そんなこと言ってるとアキバ系だと思われるぞ。」と男の方が言いました。「だって、そうじゃない?アリーナの言動は全てクリフトの気を引こうとしてるじゃない。」と女の方が言いました。女はノンノから、男はメンズノンノから飛び出してきたようなチャラさでしたので、何故そんなディープな会話をするのだろうと不思議に思いつつも、私は興味津々丸になり耳をダンボにして会話を盗み聞きました。
「まあ、いいけど。ところでベギラマベホイミだったらどちらを覚えたい?」と女が言いました。「いや、突然そんなこと聞かれても困る。でも、どちらかといえばベギラマかな。ヤナックの得意な呪文だったし。」と男が言いました。ヤナックって!久しぶりに聞きました。懐かしすぎます。と、そんな調子で会話は進んだあげく、二人してドラクエのテーマソングまで歌い出すではありませんか。あんたら、そういうのは自室でやってくれと思いましたね。
そうして、しばらくして女がキャッと叫びました。なにかな?と思っているとアベックがいるカウンターにゴキブリが出現したとのことでした。幸い、男がベギラマを唱えて始末したようでしたが、女はそれですっかり白けてしまった様子で、もうディープなドラクエ話はしません。私まで詰まらなくなりました。オヤジさん、お勘定。私は店を後にしました。
帰り道。一体あのアベックはなんだったのだ。でも楽しかったな、あのふたり。私も会話に交ざればよかったかな。などと思ったりなんかしました。しかしあのふたりのことです、きっとベッドの中では、さくせん「ガンガンいこうぜ」とかいってよろしくやっているんだろうなと考えて、私は暗い気持ちになるのでした。