明かりと灯り

保証人が必要になりましたので母の名前を記入しました。ところが困ったことに母の連絡先、つまり電話番号も必要でした。恥ずかしい話なのですけれど、実家には電話がありません。話せば長くなりますが、要するに実家にはお金が無く、明日の米にも事欠くあり様で電話も設置できません。それで思い出した話です。
その頃の私は、学校まで片道50分はかかる道のりを毎日自転車のペダルを漕いでいました。その日も自転車を漕ぎ漕ぎ夜道を進んでいました。ようやく家が見えてきたところでおかしいな、と思いました。いつもなら家の窓からカーテン越しに明かりが漏れているのですが、その日は1ピクセルの明かりすら見えません。不審に思いつつも玄関から居間に入ると、テーブルには蝋燭、炎がゆらめき、姉と妹の顔を照らしていました。
「電気、止められたみたい。」
姉は一言そう言うと、簡単な夕食を作ってくれました(ガスは止められていなかった)。
おかしな話ですが妹はこの状況を楽しんでいるようでした。正直なところ私自身、照明も無い、テレビも見れない、蝋燭の灯りだけが頼りの状況が楽しく思えました。母が帰ってきて「あら、電気、止められたのかい。」と人ごとのように言った時には、誰のせいだ、と突っ込みつつもおかしくて吹き出してしまいました。
それから一人一本の蝋燭を渡され、その灯りを頼りに風呂に入ったり顔を洗ったりし、それぞれの部屋に落ち着きました。と言っても電気は止められていますので、寝るより他ありません。そしてその夜はとても静かな夜でした。
何故だかその時のことを思い出す度に、私は穏やかな気持ちになれるのです。