派遣の思い出

テレビが好きだったのです

あの頃の私は、ぼんやりとテレビばかり見ていた気がします。10時に起きて奥方向けの娯楽番組を見るのに始まり、深夜放送終了のエンドロールが流れた後に布団に潜り込んでいました。テレビのカラーバーがおやすみのサインだったのです。
唯一の楽しみはNHK深夜の海外ドラマでした。チャラくハイソな暮らしをするガールが薬をキメては、仕事も恋も夢中夢中で五里霧中ヒャハハーという内容で、私はいつもぼんやりそれを眺めておりました。今思うととてもくだらない内容なのですが、あの頃の私にはそれがとても楽しみだったのです。
それだけの生活なら、私もずいぶんと幸せだったのですが、しかし働かなくては食べていけません。私は或る派遣会社に登録しておりました。お金が無くなってくるとそこへ行き仕事をもらうのです。まるで日雇い労働者のようでしたが、実際その通りでした。あの頃の私にはそれが晴耕雨読のように思えて、これはこれで幸せだなと感じていました。

食べるために働くのです

その日の仕事は学習机の組み立てやチェックでした。子供向けの学習机の引き出しを組み立てたり、大きな傷がないかチェックするのです。傷があった場合はクレヨンで傷を塗ります。ひとり黙々と作業する分には大変楽な作業でした。
ところで、ああいった労働系派遣会社に登録する一部の人たちというのは、どうしてああも殺伐としているのでしょうね。何かにひどく苛ついている、そんな雰囲気を常に醸し出しているのです。そんな人たちとペアになって作業するとき、私はいつも辟易させられました。

昼食はアジフライ定食なのです

昼食の時間、ひとりとぼとぼ食堂を探して歩いていると、同じ仕事をしていた二人組に声をかけられたので、一緒に近場のチェーン系列食堂へ行きました。ひとりは25、6でもうひとりは32、3位の男でした。
「もう、この仕事は長いんですか?」
「ああ。他の仕事を探すんだけどなかなかね…」
「結婚はされているんですか?」
「いや。彼女はいるんだけど、彼女が俺に定職について欲しいようで。それでどうも…」
私はアジフライを頬張りながら二人の会話を聞いていました。

少年と仲良くなったのです

午後も作業は続きます。倉庫内にある一定数を片付けないと仕事は終わりません。そのうち、隣で作業をしている少年と仲良くなりました。少年は19歳で今年定時制の高校を卒業したばかりだと言いました。はじめは全日制の高校に通っていたが、いじめられたのでやめたそうです。なるほど、いじめられそうな雰囲気を出していました。
しかし私はそういったいじめに遭いそうな雰囲気を持つ人が大好きなので、積極的に話しかけたところ仲良くなったのです。少年は今年大学に進学するが、その間することもないので、派遣に登録してお金を稼いでおくのだと言いました。それから私と少年は、少年の一人暮らしやその憧れについて話しながら作業しました。
作業が終わり、駅まで少年と帰る方向が同じだったので、私たちは続きを話しながら帰りました。途中、ビデオテープが八本程道に落ちているのを発見し、これはエロビかもしれないな、と私が言うと少年は笑いました。「エロビなんて言う人を初めて聞いた、普通はAVと言うでしょう」と少年。そうかな、そうかもな、と思いつつ戦利品を山分けして別れたのです。
そして帰って早速ビデオデッキにテープをいれたところ、ドラえもんが再生されたのでした。テープは全てドラえもんの地上波放送を録画したものでした。
以来、仕事で少年と会うことはありませんでした。私は今になってなんとなくあの少年とまた会いたいなあと思います。会って一緒に飲んだりしたら楽しいだろうなあと思います。できないことだとは分かるのですが、できたらいいなあ。そんなことを思いながら今日もひとり飲んでいます。