夕食の話

Hに誘われて二人で夕飯を食べてきました。Hが私をご飯に誘うときは、何かやりきれないことがある時なのです。それでここ最近は週二回のペースで夕飯をともにしております。
「仕事は相変わらずです。ひとつの仕事が終わったかと思うと、ふたつの仕事を頼まれます。堪りません。九月に辞めようと思っています。本当は今すぐ辞めたいのですが、周りの目やお金のことを考えるとそういうわけにもいかなくて。」
私は気の利いた言葉も浮かばず、麻婆春雨を口に運ぶのがやっとです。Hの話は続きます。
「仕事も分からないのに上からは期日厳守と言われるし、下請けからはそんな説明じゃ仕事を受けられないと言われるしで板挟みです。朝起きる度に『あー、(会社に)行きたくねー』と叫んでいます。今まではこんなこと無かったのに。あ、すみませんこんな暗い話ばかりで。明るい話題があれば良いのですが。」
あ、わ、ところで猫は元気ですか?私は慌てて話題を切り返しました。
「家が床暖房なので猫は床に寝転んでいます。そして出勤前に軽く撫でてきてます。」
ディ・モールト良いですね。是非拝見したいのですが画像はあります?赤外線OK?と、私はおもむろに携帯電話を手前に出したのでした。
「うちの猫は愛想が悪いので、なかなか良い絵が撮れません。かわりと言っては何ですが、友達のとこの猫画像を差し上げますね。」
赤外線通信で送られてきた猫画像にハァハァしつつ、私も良猫を見かけたら激写よろしく送って和ましたりますからねと、仕事に戻るHの後ろ姿を眺める私なのでした。

天ぷらの味

味いちもんめ」にボンさんという爺様が登場します。或るお話でボンさんの作る天ぷらは味わい深いと常連のひとりが絶賛します。そこでボンさんの若い時分の話になります。ボンさんは若かりし頃に毎晩祇園なんかで豪遊したりまして、京都一と名高い料理人を呼んで天ぷらを揚げさせたりしてました。
で、主人公の伊橋はその時分の経験がボンさんの天ぷらの美味しさの秘訣なのだと言いますが、常連の落語家が「いや、むしろその後方々を転々として苦労したそうだ。その苦労がこの天ぷらの味わい深さなんだろう。」と言ったのですね。
苦労や哀しみなんてものが人や天ぷらを味わい深くするのかもです。Hの天ぷらもずんずん美味しくなっているといいなあ、と思いました。