ぞっとした話

よく怖い話の書き出しに「これは本当にあった話です」というのが見られるが、あれは止めて頂きたい。真偽はともかく、こちらは面白い話が聞きたいのだ。「これは本当にあった話です」とやられたところで、嘘の上塗りかと興醒めしてしまう。
ところでこれから話すことは私の作り話だ。真っ赤な嘘である。
友人が入院した。鬱病である。以前から容体は芳しくなく、仕事を休みがちであった。その友人から電話があり、とても元気そうであった。だいぶ回復したとのことで、退院も間もなくだろうとの由。そいつは良かったと、その旨を仲間内に連絡した。ところ、全く回復していなかったことが分かった。
どうやら操転した際に、仲間たちに片っ端から電話をかけまくっているらしく、仲間内でちょっとした物議を醸しだしていた模様。「自殺が多いのも操転した時だから」との全く笑えないコメントも仲間から頂けた。極めつけはその仲間に、私が将来結婚した時のためにとご祝儀を預けていたとのこと。私が結婚する頃には友人は生きていないだろうからと。時間が止まりました、それを聞いた時は。大馬鹿め。
そんなことがあり、入院中の友人とほぼ毎日電話で話すのだけど、今月は電話代が2万円を超す勢いなので、友人には早く退院してもらいたい。

キスマーク製造機

数年前、止むに止まれぬ事情によりキスマーク製造機を考案した。これはゴムホースのようなものの片方を己が口に、もう片方を己が首の任意の場所にあてがう。そしてゴムホースを吸うとキスマークができるという代物だ。これを思いついた時は己が才能が恐ろしく思えたものだ。仮に発明王エジソンが生きていたなら私の発明に嫉妬し、脱帽し、そして私に弟子入りしたことだろう。
当初の予定では、キスマークを製造したのちに出勤し
「あれ、日田君。その首のアザはどうしたの?」
「アザ?あ!いつの間にあいつ…。タハーっ!!」
なんてことをするつもりだった。しかしそれをすれば、俺は俺が人ではなくなってしまうような気がして、ついぞ実行できなかったんだ。

コッヘルと炊飯

部屋で自炊する時もキャンプ道具を使うようになった。まるでおままごと用なのだけれど、一人分を調理するに丁度よい大きさで、主に炊飯に使用している。これまでガスで炊飯をしたことはなかったのだけど、なかなかどうして、やってみると面白い。何度か失敗して分かったことは炊飯は吸水が大事だということ。しっかり吸水の時間を設ければ、美味しいお米が炊けるのだ。心血を注いでもなかなか結果に結びつかない浮世を思うと、これは心強いことだ。
週末は連休になる。晴れて欲しいものだ。あの忌々しく重い荷物を背負ってまた何処かへ行きたい。小さな天幕に、小さな鍋に、小さな机と椅子に。時々、私の暮らしに必要なものはすべてザックに収まる程度で足りるのではないかな、なんて考えたりするよ。

週末は

雨ばかりだ。雨だらけだ。週末の都度雨が降り、外出をを取りやめる日々だ。雨は嫌いではない。雨音を聴きながら、欠けた週末を酒で満たすのは好きだ。
それでも晴れるとやはり嬉しい。酵素配合の洗剤で真っ白になったシャツを干したのち、天気が良いことを理由に遠出をしたくなる。安物のキャスケットを被って。ワークブーツを履いて。やたらと大きいサイズのカーディガンを引っ掛けて。

悩み

この年齢になってようやくモテてきた気がする。飲みに行けばやたらとガールズから話しかけられるし、ジョッキが空けばすぐにガールズがおかわりを持ってきてくれる。何年か前までは役割が逆だったのにね。さて、どうして私は急にモテ始めたのだろう。

  1. ガールズの友人たちが次々と結婚していくのに焦り、理想と現実のギャップに気づき、男どもに対する及第点を下げたか
  2. 「あら、彼ってば、よく見ると、なんてイイ男なの…」と、ガールズがようやっと私の魅力に気づいたか

上記のようなことが考えられるが、間違いなく後者が理由だろう。その気は無いのだが、ガールに気を持たせてしまう。すまぬ、すまぬがこちらにその気は無いのだ。全く、イイ男というのも辛いものだな。自分がイイ男ゆえにガールズを傷つけてしまう。こんな悩みを抱いているのは世界広しといえど、私か福山雅治位なものか…。

時々車窓を眺めて

天気が良かったのでちょっと遠出。大変重い荷物と、ちょっとの期待と、休日の始まりの解放感と、あれやこれや抱えて。登山電車が傾斜をゆっくり登るのを、小説を読みながら、時々車窓を眺めて。小川のきらめきや、野焼きの煙、鷲の滑空が流れ、何だかいいなと思った。望んでいた休日とはこんなことだったのかも、なんて思ったり。
野営場で愛知から単車で来た人と知り合う。焚き火を囲んで小一時間程話す。相方が骨折して一緒に来られなかったこと、高校受験を控えた娘がいること、仕事のことなど。お互い名乗りもせず、詮索もせず、問わず語りで。薄っぺらな関係かもしれないが、案外、私にはこんな関係が合っているのかもしれない。余計な力を入れずに人と話せるのだから。
翌朝、寄り道をしながらぶらぶら帰るという愛知さんのお見送り。天気は曇り時々晴れ。風は多少強く、気温は若干低い。朝食を食べ、後片付けをし、一息入れて帰り支度をする。
大変重い荷物と、ちょっとの心残りと、休日の終わりの閉塞感と、あれやこれや抱えて。登山電車が傾斜をゆっくり下るのを、小説を読みながら、時々車窓を眺めて。

夏季休暇

初日


蚊の猛襲に遭いながらテントを張る。薪を集め、買い出しに行くと日が暮れていた。気温が下がると蚊の襲撃は止んだ。焚き火を眺めながら安ワインを飲んで一息。携帯電話の電源はとうに切っている。休暇だから。

二日目

テントをたたむ。次の野営地を目指して歩いていると車が停まり「兄ちゃん、大変だな。どこまで行くんだい。乗っていくかい」との声。有難く乗せてもらう。野営地前で下ろしてもらう。受付を済ませテントを張る。それから温泉に行き、後は静かに飲んでいた。

三日目

街へ。酒と食材を買い、それからコインランドリーに。昨夕、温泉で一緒になった人がいて少し話す。早期に退職し、あちこち旅をしていると言う。野営地に戻ると雨。テント内で水割りを飲みながら小説を読む。

四日目

終日雨。炊事場で知り合った他のキャンパーの焚き火にお邪魔する。タープ下で南瓜の丸焼きやウィスキーをごちそうになる。焚き火を眺めると落ち着くのは何故だろう。

五日目


受付のお姉さんからカラフトマスを貰い、ソテーにする。これは飲まずにはいられない。ついつい飲んでしまう。美味しすぎるマスが悪い。道の駅へ行き海鮮を食べる。ホタテは58円だ。安くて旨かった。

六日目


キタキツネが現れてルールールー。
山に柴刈りへ、夜の焚き火のため薪を集める。乾いた薪が集まったのは良いが使い切れるだろうかと不安になる。また、他のキャンパーの焚き火にお邪魔してウィスキーをごちそうになる。それから持参した干物を焼いてもらう。その間、何を話したかは覚えていない。

七日目

帰る。都会の店の多さに驚き、人の多さに辟易する。体からは硫黄と灰の香りがする。